出生…昭和58年 豊島区長崎に生まれる。
家族…夫 長女(平成24年生まれ)
趣味…ピアノ演奏 料理 テニス ラグビー観戦

【役職】


常任委員会 都市整備委員会委員
特別委員会 公共施設・公共用地有効活用対策調査特別委員会委員、
      豊島副都心開発調査特別委員会委員
附属機関・その他委員 消防団運営委員会


【所属】


NPO法人 椎の美スポーツクラブ  書記・子育て支援担当
第7地区育成委員会  環境部部員
豊島消防団  第6分団団員
豊島区民社会福祉協議会  地域福祉サポーター


【学歴】


平成 7年3月 豊島区立大成小学校卒業
平成10年3月 東京家政大学付属女子中学校卒業
平成13年3月 東京都立日比谷高等学校卒業
平成18年3月 武蔵大学経済学部 経済学科卒業
平成20年3月 武蔵大学大学院経済学研究科 修士課程卒業


【職歴】


平成20年6月 (独)国際協力機構 青年海外協力隊 フィジー国保健省派遣
平成23年2月 在フィジー日本国大使館 人間の安全保障草の根協力事業
        草の根無償調査員としてキリバス共和国、ツバル、
        フィジー共和国、バヌアツ共和国、ナウル共和国を担当
平成27年4月 豊島区議会議員初当選


【政治理念】


敬天愛人






政治を志し始めた子ども時代

 私が政治を志したのは小学校6年生の頃です。父が選挙に立候補したことによって政治というものを身近に感じました。 その時から、どうやったら地域のために街の声を生かすことができるかということを考えていました。 どうやって、地域の声を吸い上げていくかということが私の中での、その頃からの課題となりました。



初めての海外で衝撃を受ける高校時代

 高校1年生の時に、東京都が主催する洋上セミナーに参加して、中国を訪問しました。 初めての海外で貧富の格差を目の当たりにして大きな衝撃を受けました。 私達が交流した学生は富裕層の子供達で英語や日本語が堪能で、 当時は高級であったマクドナルドで食事をしていましたが、 上海の海にはまだ船の上で生活する海上生活者や路上には多くの物乞いの子供達がおりました。 初めての海外旅行で目にしたこの光景は、子どもたちが安心して生活でき、勉強できる環境を作らなくては、 貧困の連鎖は断ち切れない、子供達が安心して暮らせる明日を作りたいと強く感じました。

ビジネスコンテストに燃える学生時代

 大学4年生の頃に、友人たちと一緒に女性が在宅で子育て中でも仕事ができるような仕組みづくりを目指して、 インターネットを通じた在宅ワークのビジネスモデル「20代女性のライフプロデュース業」を考えて起業を志しました。 平成17年、東京都学生起業家選手権、かわさき起業家オーディションなどで受賞しました。 結婚や子育てで仕事への考え方や時間の使い方が変わる女性のライフスタイルに対して新しい働き方 (在宅や空いた時間を有効に活用しながら収入を得る仕組み)を提案したいと考えました。
   <参考>かわさき企業家オーディション
   <参考>東京都立産業技術研究センター


世界で通用する技術力を持つ日本企業の強みを学んだ大学院時代

 中国やアフリカの日系企業の工場を調査し、日本企業の人材管理の仕組みを研究しました。日本企業に対する品質の高さと信頼という高い評価は、 人材の教育にあります。江戸時代から識字率も高く、教育と礼儀や規律を重んじるという日本の特徴が、現在の日本企業にも強く反映されていると考えます。 世界中の日系企業の生産現場では、ミスを自ら申告し、職場が一体となって改善するというトヨタ方式を展開しています。
  ミスをする人を責めずに原因を究明するという私達では当たり前のことが、世界では評価されます。 私は、日本が世界に誇れる技術と日本人の美徳を子供達に残していきたいと強く感じます。
   <参考>赤門マネジメント・レビュー(pdf)




青年海外協力隊で諦めない精神を身に着けました

 大学院を卒業したのち、青年海外協力隊で南国フィジーの保健省に感染症対策で派遣されました。 誰も知らない土地で医者や看護婦やボランティアの人たちと協力しながら感染症対策のプログラムを作り、 ジャングルの中にある村への訪問や研修などを行いました。当初は、言葉が通じず、 友人もなかなかできない中で戸惑いましたが次第に打ち解けられるようになって、 仕事も順調に進むようになりました。サイクロンによって村が壊滅状態になった時、 復旧チームのメンバーとして現地スタッフと一緒に被災地に薬と食糧を届けに行きました。 村人たちからはとても感謝され、スタッフにも仲間として認められたときでした。
 とにかく諦めずにひたすらコツコツやることをやれば理解してもらえると思いました。



開発援助の仕事で地域の声を聴くことの大切さに気付きました

 キリバス共和国、ツバル、フィジー共和国、バヌアツ共和国、ナウル共和国、 で草の根協力調査員として地域住民のニーズに応え、学校建設や給水施設、環境センターの設立を手がけました。
 例えば、キリバス共和国のクリスマス島のプロジェクトでは、小学校の教室が廃材で作られており、 床もないため砂の上にござを引いて勉強している状況でした。小学校の建設が完了すると、 子どもたちだけでなく、地域の住民、保護者がとても喜んでくださり、遣り甲斐を感じました。 地域の声を聴くこと、実現することが大きな喜びになりました。日本に戻ってからも、 地域住民の声を聴き、実現していきたいと強く感じました。



現在

 地元豊島区のために、地域住民の声を聴き、 暮らし続けたい街にするために政治を志し活動しています。